今回借りてきた『ワトスンの選択:Watson’s Choice』(1955)も、たしか著名な作家の推薦があったのですが、やはりというか人の推薦書というのは当てにならないものだと改めて納得した次第です。この本はミッチェル女史のミセス・ブラッドリーのシリーズ第28作目とかいうので、結構人気を博したシリーズだったのでしょう。物語の中のいろんな箇所に伏線を置いていくので、読み手はそれに踊らされますが、意外にもハリボテだったりします。ふつうのミステリでは重視される動機も、けっこう肩透かしを喰らいます。こうした発散は、どうやら彼女の手法のようですが、その実、登場人物の内面や心の動きを描写するような箇所はさほど深みがありません。要は、アリバイ崩しに重点が置かれている展開なので、そうした心理描写は二の次なのかもしれません。ラテンの男の洞察力とか、エディプス・コンプレックスとかを引き合いに出してきましたが、そもそも論でそんなことはなかろうと感じてしまうので、文脈そのものが刺さってこなかったという訳です。人はともかく自分的にはハズレの作品でした。まあ、のべつ幕なく読んでいれば、たまにはこうしたケースもあります。









