セイヤーズ女史の描く長編ミステリのなかで唯一ピーター卿が登場しないのが『箱の中の書類:THE DOCUMENTS IN THE CASE』(1930)です。日本では早川書房からポケット・ミステリ版として出版されておりますが、なぜか共著者であるロバート・ユースタス博士の名が挙げられておりません。おそらく版権の問題だと思いますが、ファクト(事実)である以上、海外の出版社のように、それを記載しないのは実に不思議な気がします。さて、ピーター卿が登場しないので、個人的にはあまり期待しないで読み始めたのですが、意外や意外、実に示唆に富んだプロットでした。さすがセイヤーズ女史だと脱帽しました。1930年辺りから彼女の書く本の背骨が、推理やトリックなどから、登場人物の心の機微に比重を変えている気がしますが〔個人的には後半の作品のほうが好みです〕、この本でも最後の方で、ジョン・マンティングの追加供述書のなかに、推理作家への批判が記述されていますが、おそらくはセイヤーズ自身も、人の死や罪を描く生業に、何かしらの感情を働かせたのだと思わずにはいられません。供述書と書簡の断片を重ねながらストーリーの骨格をはめていく手法はたまに見かけますが、セイヤーズ女史ならではのチラ見せ手法がたまりませんね。それにしても人間というのは、どうしてこんなに他人の評価を見誤るのでしょう。









