ドロシー・L・セイヤーズ8

巷では創元社版の『毒を食らわば』の方が通りは良いですが、自分が読んだのは幻戯書房ハードカバーの『ストロング・ポイズン:Strong Poison』(1930)です。大西寿明氏の邦訳ですが、驚いたのは訳註の充実ぶりですね。途中からは、そちらと行き来しながら読み進みましたので、作品だけでなく当時の英国における社会情勢への理解が深まりました。ここではまさにハリエット絶体絶命の危機を、ピーター卿が手持ちの全勢力をかけて救うべく動き回ります。言い古された言葉で恐縮ですが、まさに愛は強しですね。尤もこの時点では、肝心のハリエットはしらっとしています。こうした才女ならではの行動は、おそらくセイヤーズ自身の行動規範に基づいたものかも知れません。シェイクスピア、バイロン、スコット、テニソンや新旧聖書からの引用が飛び交う二人のやり取りは楽しいですね。このようにして階級間の壁は自然と作られるのでしょう。