素人的に言えば、沼地も湿地も変わらないと認識しているはずですが、この本では冒頭から「沼地は湿地とは違う」と書き出しています。たしかに湿地から感じるのは変化に富んだ「動き」であり、沼地は再生に向かっている「静かな」プロセスのようでもあります。大きな違いとして挙げられる点は、後者は「海」とつながっていることでしょう。海はすべての生きものの原点であり、回帰場所でもあることから、実際には激しく動いている存在です。湿地のなかに点在する「潟湖:せきこ」も活動をやめない動的存在ですので、ある意味では湿地は生きものでもあるようです。今回手にした本、ディーリア・オーエンズ女史の『ザリガニの鳴くところ:Where the Crawdads Sing』(2018)は、本や映画好きな人ならば耳にしたことがあるかも知れません。単行本で500ページもあるので、その厚さに躊躇していましたが、たまたま寄った隣県の図書館で見かけたので読んでみることにしました。舞台は米国南部、ノースカロライナの海岸線にある、広大な湿地帯です。南北戦争では重要な南軍拠点でもあったノースカロライナ州は、いまでも人口の約4割が黒人で、おそらく米国内で最も黒人人口比率が高い州の一つになっています。あとはインド系米国人比率も米国内で最も多く、25%を占めています。この作品は1950〜70年頃の話ですので、察するまでもなく人種差別や偏見は相当に強かったのでしょう。しかも第二次世界大戦やベトナム戦争の影響もあるので、かなり殺伐とした空気が支配的な時代だったはずです。有色人種の登場人物はもちろん出てきますが、主人公一家は貧乏白人(White Trash)で、湿地のなかにあるコテージに暮らしています。タイトルの意味は「ずっと向こうの茂みの奥深く、生き物たちが自然のままの姿で生きている場所」ということらしいです。ザリガニ(おそらくアメリカザリガニ)は本来、鳴くことはない生きものですが、もしかしたら誰も聴いていないような場所では、そっと鳴いているのかも。人間が誰もいない自然に囲まれた場所を暗喩しているタイトルは、なかなかキャッチ―だと感心しました。湿地に住む少女が主人公になっている物語ですが、貴重な自然環境を讃えている小説として読むのもアリだと思います。









