Wilkie Collins

時おりゴシック・スリラー物を手にすることがあります。まあ現実逃避しようとするには格好のジャンルかも知れません。今回はウィルキー・コリンズの『ザント夫人と幽霊:Mrs. Zant and the Ghost』(1855)を読んでみました。この小説は短編なので、『ロンドン幽霊譚傑作集』というアンソロジーに収められています。この手の小説は、女性が出てこないと面白くないのですが、ここではザント夫人という若い未亡人が主人公になります。妻に先立たれた中年の紳士レイバーン氏が、一人娘と散歩しているケンジントン・ガーデンというロンドンの公園が舞台になります。木立の陰に佇む、生気のない彼女を見かけたとき、小さな娘ルーシーが、そのただならぬ気配に驚き、レイバーン氏もまた哀れみを誘うような未亡人の姿に放っておけない気持ちが芽生えて、あとをついていきます。やがて近くのホテルに彼女の義兄が滞在していることを知り、レイバーン氏は事情を聞くため、その義兄に会いに行きます。話によれば、彼女は新婚早々に夫(彼の弟)を亡くして心に病を持っているとのこと。ところが、家政婦など周囲の関係者に話を聞いていくと、弟の死んだ理由など含めて、どうやらこの義兄が怪しいということが分かってきました。夫人への密かな憧れもあって、レイバーン氏は彼女を助けようと思い立つのですが、実は「不可視の存在」が彼女に警告し、邪悪な敵から守っているという事実に驚愕するのです。とかく見えないものは信じない、という風潮が現代社会に蔓延しておりますが、コリンズ氏はそうした見方にアンチテーゼを訴えかけているのでしょう。この物語ではレイバーン氏の娘ルーシーが、まるで守護天使のようにザント夫人を見守っているのですが、大人になるとそうした世界は見えなくなってしまうのかも知れません。