マーガレット・ミラー

どちらかと言うと、アメリカのミステリは好きではありませんが、ミラー女史自身はカナダのトロントの生まれです。旦那がロス・マクドナルドと聞いて、これは一度読んでみないといかんと思い、図書館から『鉄の門』を借りてきました。1945年の作品と言うので、日本ではまさに戦局が追い詰められて、敗戦間近の混乱の真っ只中です。米国でも前線兵士の訃報が入ってくるような不穏な情勢ではありましたが、欧州戦線が収束したこと、米国本土が戦禍に合わなかったこともあり、当時その空気はかなり違っていたのでしょう。そうした中で書かれた作品ですが、これを読んでいると、どのような時代でも人の心の闇は暗くて深いことが分かってきます。砲弾が飛び交う、生きるか死ぬかという状況は、たとえ夢でも決して選択したくないものですが、嫉妬や愛憎劇などは、むしろ忍び込む余地は少ないように思えます。さて本題ですが、親友の後釜として医師の妻となった主人公ルシールですが、日夜、心の中に現れる前妻の記憶に、次第に神経を傷めてしまいます。そしてある日、とあるきっかけで、突然に心が壊れてしまうのです。作品の中では、彼女の心の中は明かされませんが、古い日記の中に秘密が隠されていました。心理ミステリとしては、さすが女性ならではの展開ですが、自分的にはやはり動機が明らかにならないので、やや拍子はずれでした。米国ミステリは、階級や血筋という伏線が用意されないので、その点は重層的な心理描写にはならず、少々物足りないところです。