ドロシー・L・セイヤーズ9

セイヤーズ女史の描く推理の世界は留まることを知らず、この作品『死体をどうぞ:HAVE HIS CARCASE』は、1932年に上梓されているピーター卿ものの一つです。文庫ですが600ページを超える大作なので、暗号文を解析する章などは頭に入らず、途中で幾度も挫折しかけましたが何とか読み終えました。巻末解説では、この時代は凄い推理小説家ばかりで、セイヤーズ女史と仲の良いアントニー・バークリー氏や、かなりセイヤーズ女史が意識していた米国で売り出し中のエラリー・クイーン氏のプロットなどを、反証したり取り込んだりしながら、より面白い推理小説を目指して試行錯誤していたようです。いい意味のライバルたちに刺激されて、作風を進化していくことが出来た時代でもあるようです。自分的には、謎解きやトリック自体よりも、殺人に至るまでの犯人の心理描写や、探偵とそれを取り囲む人々の間で繰り広げられる心理描写に重点を置いているので、彼女の作風、とくに後半の作風には惹かれるものがあります。死体の第一発見者としてハリエット・ヴェインは登場してきますが、彼女のポジションは、ピーター卿の恋患いのお相手さまと云うよりも、裏の狙いは「著者自身の作中参加」にも感じられます。ストーリーの中で、ハリエットの言葉を借りて、著者としての補足や意見をだしたり、そして読者をミスリードに向かわせる罠などを加えているようにも感じました。これはこれで、当時としては斬新な試みのように思えます。この作品のひとつ前、『五匹の赤い鰊:The Five Red Herrings』 (1931)も傑作なので、近々読んでみようと思います。