Agatha Christie 43

クリスティの短編集のなかでも少しばかり毛色が違うのがクリスティ文庫『死の猟犬:The Hound of Death』でしょう。短編12話が載っているものですが、ここでは探偵は出てきません。しかも得体の知れない「怪異」が頻繁に登場してきます。表題となった短編自体は1933年の発刊ですが、その物語の大半は1920年代に書かれたものだそうです。その頃は、いわゆる18世紀に流行した「ゴシック・ロマン」が、リバイバルされたタイミングにあたり、各話の中で超常現象や怪異が登場する構成になっています。そこに登場してくるのは探偵ではなく、精神科医、降霊会、霊媒師などですので、少しばかり面食らいます。ですが、物語の構成では、クリスティ小説の背骨となっている、人の心の奥底に漂う闇のようなものをちゃんと描写しております。そういう意味では、これらも探偵小説と共通要素で設計しているとも云えます。出版社が違うため、前に読んだ短編集『青い壺の謎』からも、表題作含めて四つ含まれておりますが、訳者が異なるので(本書は小倉多加志さん)その違いを愉しむのも良いかも知れません。秀作揃いですが、個人的には『ジプシー』が好きでした。日本人にはピンと来ないのかも知れませんが、ジプシーという放浪民が居たヨーロッパでは、彼等が何か得体のしれない呪術でも使うらしいと、人々は怖れていたようです。