下諏訪から電車で一駅の上諏訪は、城もあって(諏訪氏の高島城)かなり開けた街になっています。至る所に温泉があり、味噌蔵や酒蔵などの醸造産業も栄えてきた感じで、これらの文化財的建造物を撮りまくりました。もともと、この一帯は製糸業で栄えた場所でしたが、時の流れとともに同産業は他の国内各地と同様に衰退の憂き目にあうことになります。そうしたなかでも、諏訪湖を囲む一帯は、それに止まることなく精密産業や醸造業が地域活性化の牽引車になったわけですから、大変な業種転換を成しえたことになります。そうした時代変化を支えたのが、「清涼な空気」「豊富な水」そして「頑張る人々」だったのでしょう。松本と同様に、ここも盆地ですので、云わば「陸の孤島」。軽々に隣地に逃げ出すこともできないので、自分らの手持ちの駒を最大限に利用することで活路を見出したのだと思います。製紙産業は機械を扱いますので、それをメンテナンスする人材とノウハウは醸成されていたはず、それらを次世代の産業にフル活用したのでしょう。また空気も清涼で、しかも盆地特有の乾燥気候ですので、醸造業では避けたい「雑菌」の繁殖を抑えるという利点もあったようです。戦時中に疎開してきた企業のなかには、この地の不良品発生率が低いことを理由にして、戦後も操業を続けたという話もあります。たしかに自分が知っている長野人は、(口は悪いけれど)けっこうな頑張り屋が多くおります。そうした人材に育まれているであろう諏訪の地をみると、やはり一種のリスペクトを感ぜずにはいられませんね。水と空気が良ければ、それだけで住む価値はありますので、関心がある方は移住地の候補として検討されたら如何でしょう。









