アガサ・クリスティ15

このところ小難しい文体のミステリを読み続けていたので、混乱している頭の中を整理するために、クリスティの『葬儀を終えて』〔新訳版〕を読んでみました。小説としての完成度がとても高いので、とても快適に読むことができました。加賀山卓朗氏の翻訳の巧さもあるのでしょうが、原典の文脈がしっかりと整理されているのだと思います。彼女の作品でよく出てくるのが「毒殺」ですが、今回は毒殺未遂がありましたが、あまりメインテーマになりませんでしたね。逆に鈍器や手斧で頭を叩くという、けっこう野蛮な方法が取られていたので、これはもう男による犯行だと、普通の人は先入観を抱くことでしょう。わたしもまたそう感じました。じつはこれは、クリスティが読み手に仕掛けた罠だと思います。通常、トリックは作品プロットの中に織り込まれますが、彼女の場合は読み手への罠として使われます。流石と云うか、そこはやはり百戦錬磨のクリスティです。わたし自身も翻弄されながら小説を愉しみました。ストーリーの骨子は、資産家の死去に付きものの遺産相続争いです。いつの時代でも、お金は無いよりも有ったほうが良いものですが、人を殺してまで血眼になる筋合いのものでは無いと思います。ましてや相続遺産ともなると、もとより自分のものではないのに、相続人たちが骨肉の争いを繰り広げるのは滑稽でしかありませんが、古今東西どこでも、この手のネタには事欠きません。さて、ここで多少矛盾する話をしてみましょう。この小説の中では取り上げていませんが、英国の相続税は40%(配偶者はゼロ)であり、相続税率は日本と並んで世界トップクラス〔悪い意味で〕です。イギリスと云うと金持ちが多いようにも思い込みがちですが、それは過去の話で、いまや富裕層は相続税の負担が大きい日本や英国に住むことはありません。相続税の少ない、あるいは全く無い国に拠点を移しているはずです。こんな時代ですので、生まれた土地にしがみつくのではなく、稼ぎを担保できる国に逃げてしまうのが正解です(注:日本人が日本の相続税から逃れるためには最低10年間の海外居住が条件です)。