A・A・ミルン

あの『クマのプーさん』で有名なミルン氏ですが、じつは本格的なミステリも書いています。『赤い館の秘密』の出版は1921年というから、今から100年前に書いた本になります。意外なのは、著者があとがきで「探偵小説にはロマンスが絡む必要はない」と書いている点です。おそらく彼なりの「あるべき探偵小説像」なるものが存在していて、究極的にはそこに到達して結晶化するぐらいの純度が必要なのだと考えているようです。当時、出版された探偵小説を片っ端から読むほどの探偵推理小説が大好きだったミルンならではの矜持なのでしょう。ただ、自分としては「楽しめる」小説が一番で、それ以外には何も基準はもっていません。一番貴重な「時間」を消費して読書するのですからね。この本での、ギリンガム氏のウィットに飛んだ英国紳士然たる言動はとっても爽快ですし、何よりもべヴァリーとのやり取りが楽しいです。その一方で、作者自ら認めているように男女間の心理描写はかなり淡白です。犯人の動機がそれ(男女間のもつれに起因する犯行)だとすると、もう少し突っ込んだ記述が必要のようにも感じました。トリックは流石にうまいと思いましたが、登場人物の心理を深く描いたものが好みの小説になるので、その点では自分的には物足りなかったのかも知れません(そういえば童話や絵本も、登場人物の心理描写は、むしろ読者の裁量に委ねていて、作品自体では深入りしてませんね)。でも、こうしたアプローチもまた、ひとつの手法だろうと感じました。