ジョン・ディクスン・カー4

このところ真面目な?ミステリばかり読んでいたのですが、カーの新訳『連続自殺事件:THE CASE OF THE CONSTANT SUICIDES』(1941)は軽妙で、とても楽しめました。291ページなので、ちょうど良い長さです。読まれたことのない方には、新訳ゆえに読み易くなっておりオススメいたします。前の邦語訳では、タイトルが『連続殺人事件』とされておりましたが、明らかにこれは恣意的な誤訳でしたね。
名探偵ギディオン・フェル博士の活躍ぶり以上に、この作品の柱となっているのが、遠い従兄弟でもあるアランキャンベルとキャスリン・キャンベルの滑稽なラブコメディーです。話の発端となった、変人アンガス・キャンベル老人の死のみならず、本のなか、そこかしこで出てくるスコットランドとそこに住む人々の特異性には、おそらくイングランド人やアメリカ人の読者は思わずニヤリとしているはずです。
こんな愉しい本が書かれたのは1941年、ナチスドイツが派手に戦場拡大をしている時期でもあります。この本の中でも、国防義勇軍が出てきたり、灯火管制の話が取り上げられたりと、きちんと当時の情勢をミステリのプロットに押し込んでいるあたり、さすがカーです。何より素晴らしいと感じるのは、こうした時期でも創作や出版が行われていた事です。同じ時期に、どこぞの極東の島国が言論統制や文化人の投獄等をしていた事を鑑みると、全体主義への嫌悪と、自由主義の価値を感ぜずにいられません。