F・W・クロフツ2

以前、処女作『樽』を読んだときもそうでしたが、論理的かつ綿密な構成なので、文脈一つ一つをきちんと把握していかないと理解が及びません。結果的にページを戻して読み返すことが増えて、時間ばかり掛かってしまいます。性懲りもなく、『クロイドン発12時30分』を手にしたとき、そんな不安はありましたが、意外にもこの作品は読みやすかったです。訳者は同じく霧島先生で、邦訳本は『樽』より古いのですが、恐らく原典が1934年と、14年ほど後の作品だったことが大きいののかなと感じました。この作品は、いわゆる「倒叙ミステリー」というジャンルにあたり、犯人が犯行にいたる過程を描いたあとに、捜査過程でそれが暴かれていく作品構成になっています。一見無為な情報が記述されますが、それら一つ一つが伏線となり犯行へと繋がっていきます。たしかに謎解きの目的は「犯行=犯罪行為」の実証なのですが、小説としてみた場合、肝心なのは犯人の心の動きになります。そうした点でも、犯人像に共感できる部分や、反駁できる部分が浮き彫りにされるこの作品は、やはり面白いと言って差し障りはありません。それにしても、人というのは、どうしてカネと色恋沙汰に弱いのでしょう。古今東西、普遍的な定理のようなものです。そこに自分への「誇り」とかいう妙なスパイスがかかると、とんでもなく愚かな行動を起こしてしまいがちです。「誇り」「プライド」「見栄」「外聞」こうしたものにこだわると、結果的に人生をミスリードすることが多くなります。いろいろ学ぶことが多い一冊でした。