アガサ・クリスティ30

とうとう連番も30の大台に乗りました。加えて”メアリ・ウェストマコット”名義でも5作ほど読んでおり、さすがにこれだけ進むと、そろそろ別作家も再び読み漁りたいと考え始めています。『教会で死んだ男:Sanctuary』も短編集で、なかなか手つかずに置いていた一冊です。なんで?と云う質問に対しては、どこかで読んでいる〔既視感のある〕話が幾つか混ざっていたからです。短編集に含まれていた『プリマス行き急行列車』などは長編作『青列車の秘密』とプロットは殆ど一緒です。あれだけの著作に埋もれていると、長編作が出た後に、こうした習作が(順番を間違えて)世に出るということもあるのでしょう。
ところで、クリスティに限らず、ミステリがミステリたる所以は、関係者のいずれかが嘘(隠しごとを含む)をついているが故の「謎」が大きな要素になっています。人はなぜ嘘をつくのでしょう?
これは永遠のテーマになります。ことの良しあしは置いて、もしも自分が犯人ならば、絞首台から逃れるために嘘をつくことには合理性があります。複雑なのは、他人を守るためにつく嘘や、組織(家名)を守るためにつく嘘も、クリスティの小説には少なからず出てきます。正直者は時として「ばか正直」とも揶揄されるので、そもそも人間の基本的行動規範には嘘つきがディフォルトで設定されているのだと思います。すべての人が「ばか正直」だとしたら探偵業は成り立たないと思いますし、本当の応酬だとしたら、別のところで新たな人間関係の軋轢が生じることは、想像するに難くありませんからね。
さて、この短編集のなかでは『炊事婦の失踪』が一番気に入りました。美味しい料理は家にとっては一つの財産です。ポワロ曰く「もし自分が国外追放になった場合、傍にいるのが頭の空っぽな美女よりも、料理の腕の達者な女のほうが頼りになるじゃないか」というのは、さすがにグルメのポワロらしい言葉ですが、きょうび、こんな事を云うと女性陣から大変なクレームを受けるかもしれませんが、自分的には否定しようがありません。