コンラッド

1899年と古い本ですが、いまでも妙に評価の高いコンラッドの代表作『闇の奥(Heart of Darkness)』を読んでみました。高見浩さんによる新潮文庫新訳版です。アフリカと船乗りの話なので、いわばアフリカ版キプリングのような面白さを期待していましたが、少し考えてみれば、文明大国インドと未開の大地アフリカとでは、その状況はまるで違っていることぐらいは分かるはずでした。言うまでもなく、キプリング的なストーリー展開とは全く異なるものでした。得体のしれないコンゴの奥地を船で遡行する描写にはリアリティがあって、さすがに20年間にも渡る船乗り生活があったからこその描写でしょう。タイトルの「Darkness」はもちろん、アフリカの密林のそれであり、そこに棲む人間たちの心の奥底を表しているのでしょう。コンゴ自由国という国名とは裏腹に、植民地統治の陰惨な実態をあからさまにしております(コンゴ自由国はベルギーの植民地)。そもそも、国名というのは、どこぞの”民主共和国”などと同様に、基本的に対極を示すことの方が多いようにも思えます。コンラッド自身は英国人で、且つナショナリストのようですが、それでも帝国主義の暗黒面を見事に描いている作品だと思います。あとになってから、人種差別的表現がどうこうという、作者への批判は度々出てきますが、同時代に息をしたものでない以上、軽々にその言動を評価することは却って軽率だと言わざるを得ません。過去、さまざまの国策や社会通念、あるいは信仰の過ちを経たうえで、現代、私たちが生きている世界があります。必要なことは、いま自分が何をするべきなのか、何が出来るのかだと思います。その判断のための一つの知見として、歴史から学ぶことが大切なのでしょう。