ヴァン・ダイン

コロナに罹患する前に読んだ、アメリカのミステリ作家の草分け、S・S・ヴァン・ダインの代表作『僧正殺人事件(The Bishop Murder Case)』のお話しです。ここしばらく仕事がちょっと忙しく、暑さもあってなかなか進みませんでしたが、通勤時間や昼休みを積極的に活用して無事に読了しました。殺人になぞらえて、犯人が引用してくる「マザー・グース」は英米で古くから親しまれている童謡ですし、僧正(ビショップ)はチェスの駒の一つ、こうした文化的背景に馴染みがない日本人には、多少作者からのインパクトが弱くなっているのかも知れませんが、何故か日本では人気作家となっています。また、この作品は1929年に出されており、英国ミステリでよく取り上げられる、いわゆる「戦間期」ものです。第一次大戦で戦火を交えたヨーロッパほどではないでしょうが、世界大恐慌前夜の混沌とした世相や、各人が抱く不安な精神状態を背景にして、ミステリが流行る土壌が醸成されていた時代だったのでしょう。ヴァン・ダイン自身も精神的に病んでいたようですが、幸いにも1926年の「ベンスン殺人事件」が大ヒットしたので、苦しい時期を乗り越えたようです。この本と、「グリーン家殺人事件」は非常に評価が高いようです。本作品でも出てくる、名探偵ファイロ・ヴァンスの心境や推理もキレていて、最後の最後、そこまでやるかと驚きましたが、まあ小説の世界では充分有りの世界だと思います。