ヘレン・マクロイ5

単なる謎解きではなく、人の心に誰しも持っている闇を描くようなマクロイ女史の作品は、自分にとってはかなり好みで、『あなたは誰?:Who’s Calling?』(1942)を読み始めるときもわくわくしながらページをめくりました。適度な長さ、340ページでしたので、好きなこともあって一日で読み終えてしまいました。今回もまた、ベイジル・ウィリング博士が登場してくるので、精神医学の世界に踏み込みます。多重人格が絡むサイコ・スリラーでは、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』が有名ですが、厄介なのはそれぞれの人格が意識の産物なので、そうでない側の人格は無意識下にあり、結果的には別個の人間が事をなしている訳です。こうした特異な人格は通常のランダムな結婚では、まず形成しにくいのでしょうが、この物語にもあるような、名家同士の近親婚が長い期間続いた場合は、その発生確率は高まるのでしょう。遺伝子の分野は複雑怪奇なので、一概には云えませんが、マクロイ女史の頭の中では、一定の確信があるのだと思います。遺伝子の働きは内面からですが、加えて外からの刺激やストレスが、悪い要素の出現を促進させるケースもあります。女史の作品では戦争という外部要因もまた、精神構造のバランスを破壊する大きな要素として使われております。