ウェールズ短編集

ウェールズはブリテン島の西側にある半自治区(1997年に議会が成立:County)で、人口にして三百万人の地域を指します。以前はケルト文化をルーツにもつ、自然豊かな農業地域でしたが、産業革命のころ、南ウェールズでは大量の無煙炭が産出されて、炭鉱業で大きな賑わいをみせるようになりました。20世紀前半には成人男子の四割近くが従事していたと云うので、近年においては炭鉱とウェールズ文化は不可分の関係になったようです。それに伴い、ここで執筆される文学でも炭鉱の匂いは色濃く残っています。やがて炭鉱業は衰退し、この地域の過疎化と貧困が著しくなります。ウェールズの空気が暗いのは、そんな歴史が関与しているのだろうと思います。日本人は英国とかイギリスとか一言で括ってしまいがちですが、ウェールズを少し覗いてみる場合、そうした概念は一旦捨てて臨むことが必要かもしれません。おそらくスコットランドや北アイルランドでも同じことが云えるのでしょう。
この短編集も『暗い世界』と題していて、そのなかにある五つの短編の底流も、人の心の闇と葛藤を描いております。文章としては、日々の生活の中で出てくる、諸々の情景を表面的に示しているだけと見えがちですが、その背景には深くて暗いものが存在しているのでしょう。この短編集から何らかの共鳴を受けるとしたら、現代社会に過ごしている私たちも、もしかすると似たような社会環境に浸かっているためかも知れません。