ヴァージニア・ウルフ3

1933年に出された『フラッシュ』を読みました。ウルフの小説は内面深い世界を刻むので、対峙するにはそれなりの心の準備が必要なのですが、この本は違います。なんと主人公のフラッシュ君はコッカー・スパニエルの雄犬だからです。彼が感じた世界をそのまま物語にしているので、とても新鮮な気持ちで読みすすめることができました。女主人であるエリザベス・バレット夫人は、実在した女流詩人であり、その傍らに佇む愛犬の物語を紡ぐなかで、彼女自身の生き様を描こうとしたのでしょう。
然しながら、フラッシュの世界観は「匂い」で成り立っています。人が目で見る世界は、フラッシュにとっては鼻で嗅ぐ世界で描写されています。恋も匂い、色彩も匂い、食も匂い、季節も匂い、その他とりまく環境すべてが匂いで成り立っているようです。例えばイギリスの田舎町、ロンドンのお屋敷や公園、フィレンツェの路地、それぞれの違いを匂いというフラッシュの世界で見事に識別しています。どの様な大詩人でもこれを言葉にすることは出来ないでしょう。人の鼻はあって無きが如しですから。でも、夫人とフラッシュはお互いが足りないものを補いながら、ともに人生の大切な時間を重ねていったのです。当時の女性たちは、例え身分は高くとも役割があるようで無い、飼い犬もまた然り。そうした、似たような生涯を送るなかで、愛情とか連帯感とかを共有できたのかも知れません。こうした素敵な関係を築けたことは宝物です。