マージェリー・アリンガム10

久しぶりのアリンガムは『クリスマスの朝に』猪俣美江子訳になりました。とはいってもタイトル話は短編で、ページ数的には殆どが『今は亡き豚野郎の事件』になっています。この二話の共通点はキープセイクというロンドン郊外の一角になります。小さな村が点在しており、『クリスマスの朝に』はベンサムという村での、しかもクリスマスの明け方に起きた交通事故死のお話です。英国では昔から郵便システムというものが発達しており、どこの片田舎にも熱心な郵便配達夫は配置されています。ベンサムにもノークス爺さんという評判の良い男がおりましたが、クリスマスの朝に道路わきで死んでいるのが発見されました。友人の警察本部長に要請されたアルバート・キャンピオンはパーティもそこそこにして、現場に駆けつけましたが、犯人を絞り込むうえで説明のつかない事態になってしまいました。というのが、本ミステリの始まりです。
脱線しますが、そもそも、国家の近代化と郵便制度は不可分のようで、英国では王家御用達の書簡配送制度(ロイヤルメール)が16世紀から始まったようです。王政の統治を維持するためには必須の連絡手段ということだったのでしょう。そういえば日本でも、近代化を目指して渋沢栄一氏が中心となって郵便制度を幕末から明治維新の時代に構築しました。国の中央集権を維持するためにも、郵便制度は極めて重要な情報インフラだったのだと思われます。配達のために、イギリスの町々には郵便配達用の馬が配置されましたが、この馬を飼う小屋が「ポスト」と呼ばれたのが、今でも使われているこの用語の始まりです。やがて、郵便は王室から富裕層に広がりましたが、合理化がされておらず、庶民の手が届かぬ高級な伝達手段だったようです。そうした中で、いろいろな改革がされたようです。遅配を防ぐための「消印」や、郵便料金前払い制度「切手」などは、いまでも世界標準となっています。こうしながら、制度は近代化・合理化されてきましたが、最後の配達はやはり人による作業、これは今も昔も変わりませんが、物騒な時代には郵便配達夫には拳銃が渡されていたようです。コロナで巣ごもりしていた私たちも、雨嵐や猛暑に関わりなく日夜働いている郵便屋さんや配達人には感謝せねばなりませんね。さて、身勝手な書評にはなりますが、寒村で起きた郵便配達夫の事故死の謎を、キャンピオンは独自の観察眼で解決していきます。アナログですが、人と人とを繋げていくのが手紙だと思います。とても感動的な短編でした。