ドロシー・L・セイヤーズ4

芸人のように小忙しい日々に追われ、大型連休中は読書三昧という目論見は見事に外れてしまいましたが、それでも名作に出会うことは出来ました。『ナイン・テイラーズ』(1934年)がそれです。セイヤーズといえば、ピーター・ウィムジィ卿のウィットに富んだ素晴らしい推理で、事件の解明に持っていくのですが、今回もまた最後まで全容がまるで分かりませんでした。途中で、教会のレイアウトや地区の地図などの挿絵がありますが、そのときはさっさとページを進めてしまったものの、後半の怒涛のストーリー展開に、これがとても役立ちました。誌面の全ての情報が大切なのです。ところで「テイラーズ」という言葉に馴染みがなかったのですが(仕立て屋ではない)、キリスト教圏では、ちょっとした集落ならば教会があって、教会には鐘楼があり、日々の生活のなかで鐘が鳴らされます。それも、時間や時期を知らせるだけでなく、様々な教会の行事に合わせて鳴らされるようです。この小説のタイトル「ナイン・テイラーズ:九告鐘」とは、地元に関わる人が没したときに鳴らされるもので、それが男性の場合は9回、女性のときは6回と決まっていて、その後に年齢の数だけ鳴らされるそうです。そこで、地元の人間には、その鐘で「ああ、誰それが天に召された」と推定できるようになっています。どうやら鳴らし方には規則があって、その極みでは「転座鳴鐘術」という世界があるようでです(詳しくは本書を。巻末に用語と意味が掲載されています)。単なる推理小説ではなく、ヨーロッパの文化の一端に触れることができる素晴らしい一冊だと思います。さらに言えば、自分にとって関心の高い、運河や閘門、イギリス低地の用水事情にも触れることができて、知的好奇心を誘発させてくれました。