アガサ・クリスティ23

クリスティは劇場用の戯曲も手掛けていて、『蜘蛛の巣』もその一つです。一部のファンを除いて、ここ日本では「舞台」というのが特異な世界で、まったく一般的ではないのですが、本国イギリスはもとより、ヨーロッパではごく一般的に劇場での舞台鑑賞が日常化されています。どのような街でもちょっとした(日本の基準ではたいそう立派な)オペラハウスが在って、そこではバレエや音楽会、そして演劇が毎日のように開かれています。とりわけ、秋から春先までの寒い季節には、大勢の市民が愉しいひとときをそこで過ごします。そうした意味では、この作品は本ではなく劇場で芝居を見て楽しむことが筋ですが、本として読んでも結構愉しめます。頭のなかで舞台を想像して読みすすめるのが良いかと思います。
何分にも舞台用なので、場所の展開はないのですが、それでもこの作品には多くのプロットが織り込まれており、速いテンポのなかで、幾重にも貼り巡られた「蜘蛛の糸」が複雑な様相を呈していきますが、物語の最後には収まるべきところに落ち着いたので、舞台作品としてもかなり愉しめそうなものになっているようです。