アナログレコード考

読んで感動した小説『あの日、パナマホテルで』のなかで、ひとつのキーワードになっていたのがジャズのレコード盤です。ここで紹介されたのは78回転のアナログレコードで、戦中から40年以上恋人たちは、その存在を大切に守っていました。悲しいかな、ホテルの地下に封印されていた一枚は、何とか見つけたものの割れてしまっていました。
私が覚えているアナログレコードは、黒い塩ビ系素材で出来ているLP版(33 1/3回転)と、小学館や学研の子供雑誌に挟まれているソノシート(ペラペラのセルロイド製で45回転)のぐらいですが、1940年代には78回転盤というものがあったようです。日本ではSP盤(Standard Playing)とも言われています。78回転盤は別名「シェラック盤」とも呼ばれているのですが、このレコード盤にカイガラムシ(シェラック)の蝋状分泌物が樹脂として加えられているためです。塩ビ系に比べると硬いために、落としたり衝撃を加えると簡単に割れてしまう代物だったようです。小説のなかで、大切な一枚は割れてしまったのですが、そうした素材だったからです。
割れたレコードは簡単に直せないのですが、主人公の友人が病床で「修復できる」とつぶやいた言葉が、彼に勇気を与えたのでしょう。割れたレコードは直せない、でも人と人の絆は、たとえ年月が経っても修復できるはずだということなのでしょう。最後の最後に、サックス吹きの友人のところに、主人公の彼女からのもう一枚の78回転盤が届いたのでした。その曲を聴きながら、友人は主人公に「修復できたね」と云い残して旅立ってしまいます。主人公はこの言葉に背中を押され、返すためのレコードを手に、長い年月を経て彼女のもとに行くのです。