
| ■2011年10月31日 (月) 狂い咲き |
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本来、花が咲くべき時期以外に咲くことを「狂い咲き」と形容します。例として上げられるのは、春に咲く様なサクラが秋に唐突に咲くことがあります。ニュースなどで話題になりますが、だいたい温暖化とか、最近では放射線のためだとかの尾ひれがつくものです。ところが調べてみると昔から狂い咲きと云うのは一定の頻度で起きているものだと思われます。今年も、先週に私が見ただけで「ナナカマド」「ツツジ」が咲いてました。頻度からみると結構多いような印象です。これは恐らく先日の台風の影響ではないかと感じています。台風が来て葉が落ちてしまうと、落葉状態を樹木は察知してしまい、その後の気温が多少上がったところを春だと勘違いしてしまったのかも知れません。一般的に花芽は冬の前にほぼ完成されていて、冬の間活動停止(休眠)させているのですが、台風や虫喰いなどの不測のトラブルがあると、この指令が出ない場合があると云う話もあります。興味あることは、この狂い咲きが単なるエラーなのか生態プログラムの一つなのかと云うことです。もしも不測自体を想定しての子孫確保の臨時プログラムが織り込まれているとしたら、これはもう神の領域の話です。 |
| ■2011年10月28日 (金) DropBox |
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都内徘徊中です。日々、どこを支点にして動いているのか時々分からなくなるような二重生活のような行動パターンをしているので、なんでもデータを端末のハードディスクに保存しておくようなスタイルは無理があります。一方だけでセーブしたものを、別のパソコンで何かを行ってセーブするときに上書きしてしまったりするミスは、注意しつつも時折やってしまいます。ならばと、更新頻度が高いファイルはオンラインに格納してしまおうと思ってニフティのオンラインフォルダを使おうかと思いましたが、容量も少なくスペースを増やそうとすると、ほんの僅かで有料になってしまうので困っていました。いろいろ考えて、iPadとの親和性を重視し「DropBox」を使うことに決定、登録すれば無料会員でも2GBまでやり取りできるオンラインストレージがウリです。月$10だせば有料会員(容量50GB)となるのですが、取り敢えず2GBあれば問題ないので無料会員でOKです。写真を送るときに添付メールでは枚数や容量で難しいところも、Dropboxを使えば相手に渡せますので超便利です。1つのファイルを幾つかのロケーションから編集更新することが多い方々は、だまされたと思ってDropboxを使ってみることをオススメします。 |
| ■2011年10月27日 (木) 落葉 |
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かなり冷え込んでまいりましたね。職場のレイアウトを変更したため、私の席が窓から遠ざかり風景が変わってしまいました。まあ、変更プランそれ自体は私が計画したものなので、とやかく言うことは出来ませんが、のんびりと外に目をやることが出来ないので辛いところです。今日は意識して窓際に行って眺めてみたら、寒くなったとはいえ、まだまだ紅葉には程遠そうな感じです。研究所敷地内にある芝グランド周りのポプラ並木は、樹冠にほんの少し葉を残しているだけで、それだけ見ると既に冬景色ですが、あたりの樹木はまだまだ色づいていません。やたらに植えてあるメタセコイアは常緑樹のごとく青々としているし、エノキもケヤキもまだ色が変わるに至っていません。まだ光合成の真っ最中と云うところでしょうか?地面にはそれなりの落ち葉が積もっていますので、様子をみながら少しずつ葉を落としているのでしょう。クヌギドングリ拾いのときも感じましたが、木々の様子は日々少しずつ変化しているので、事務所からでも、もう少し注意して観察してみようと思っています。 |
| ■2011年10月26日 (水) 今年はクヌギ |
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もうそろそろ11月が近づいてきたので、今年もまたドングリ育苗の季節がやって来ました。昨年はスダジイが全滅しましたが、ウバメガシがいい感じで成長しています。マテバシイは育苗ポットを梅雨頃から表に出した途端、いきなり枯れ始めてしまいました。水が足りなかったようですが、港区から連れてきたので土地を嫌った感じもあります。またシラカシのポットは優先度低く、ガマズミの株元の暗いところに置いたのですが、そんな状況でも不気味に伸びています。マテバシイとスダジイのリカバリーを打つという選択肢もありますが、まあ常緑ドングリはこんな感じで十分かもしれません。落葉ドングリでは、まずコナラは地元タネなので、葉を食われながらも何とか生き延びていますが、クヌギ達がいつの間にか消えてしまいました。そんなわけで、今年はクヌギのドングリを育苗することにいたしました。幸いにも職場のある研究所はドングリの宝庫で、早速昼休みにクヌギのドングリを拾ってきました。拾い出すとキリがないので、数は絞って自宅に持ち帰ります。1〜2本マンションの敷地内で育てようと思います。 |
| ■2011年10月25日 (火) 秋蒔き雑感 |
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週末に降った雨、自然観察会の下見でしたが出掛けて風邪をひいてしまったようで、すこし空いてしまいました。先週ぐらいまでは暑い日もありましたが、いよいよ秋も深まってきたようで、汗っかきの小生としては嬉しい反面、ぱらぱらと落ちる枯葉をみていると、ちょっと寂しさも感じてしまう今日この頃です。取り立てて「秋の一大イベント」と云うのは無いのですが、いまこの時期にやっておかねばならない事も結構あります。待ったなしと云う意味では、やっぱり菜園のタネまきです。今年も残暑が続いたので、秋蒔きはかなり遅らして二週前に行いました。これは11月収穫用のロットですが、今のところ発芽はまずまずです。除染のために畝の表土をごっそり入れ替えましたので心配しておりましたが、元気に伸びているので一安心です。但し、このロットは早々に収穫してしまいます。本隊は来月頭の播種分、これが冬から早春にかけて収穫するものになります。このタイミングを如何に上手くやるかがポイントです。例年ですと11月下旬には初霜を迎えますので、それまでにしっかり定着(根を張る)することが必要です。一方、虫害を出来るだけ避けるためには、播種をなるべく遅らしたいと云う気持ちがあります。このバランスが上手く取れれば元気な株がたくさん収穫できると云うことです。色んな要素が絡むので、これはとても楽しい秋イベントの一つです。 |
| ■2011年10月21日 (金) 刈払い機講習会 |
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里山整備NPOからの補助が出ると云うことで、年休を取って東京都森林組合による刈払機の講習会に出掛けてまいりました。刈払いとは、雑草に埋れた草地や土手をガンガン刈り取っているアレのことです。里山整備の柱は間伐と笹刈りですが、一般的にはチェーンソー講習の方が人気が高いようです。木々は敬意も込めて手鋸で対峙したいと考えている私ですので、むしろ幾らやってもキリがない笹刈りに機械の力を借りようと云うわけです。相手であるアズマネザサも外来雑草も可愛げが無いので、樹木を間伐するときにどことなく意識してしまうような罪悪感は、草刈りのときは殆どありません。エンジンなので扱ううえで危険はありますが、雑草群を一気にカタをつけるためにも、刈払い機は頼もしい相棒になることでしょう。実ワークは来年からになりますが、楽しみです。 |
| ■2011年10月20日 (木) Canon S95 |
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いま使っているGRDIIは、私の腕でもいい写真が撮れるので、まったく問題がない状況なのですが、定期的にカメラを入手したくなる悪い癖はなおらず、昨今いろいろと物色していました。当初はIIを下取りに出して値段が下がっているIIIにチェンジしようとも考えたのですが、少し長いレンズ(100mm程度)が欲しかったので、IIはそのまま使用しながら、虫を撮るためのズーム機を探してました(単焦点は一眼レフなどでありますが重くかさばるのでパス)。明るめのレンズが付くXZ-1というオリンパスのデジカメを第一候補として考えていたのですが、傍らに置いてあったCanonのS95という機種が、手に取ってみると使いやすそうだったので、日和ってそちらを選択しました(私の買い物でよくあるパターン=ポリシー無し)。後継機の発売も近いので価格的にもかなりこなれている点は魅力でしたし、IXYを長年使っていたので操作系は違和感がないことも気に入りました。ただし接写は5cmまでなので、そこが欠点と言えば欠点ですが(GRDは1cmマクロ)、なんとか工夫して使ってみるつもりです。 |
| ■2011年10月19日 (水) 塚原卜伝 |
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NHKのBSでテンペストの話題を以前取り上げましたが、日本のドラマは終わるのが早く、わずか十話で無理やり終えたという感じで詰めが甘く、わたし的には不満の残った仕上がりでした。日本人は飽きっぽいので韓国のように60話とか長々続ける必要はありませんが、もう少し丁寧に作って欲しかったと思います。そう云ったこともあり、後続ドラマ「塚原卜伝」は当初見る予定は全くなかったのですが、オヤヂ(=小生)好みの栗山千明が巫女姿で出演しているので、またもや見ることになっています。塚原卜伝の名は知っていたものの、流派の名前や鹿島で生まれたということも知りませんでした。どうにも宮本武蔵や柳生十兵衛などの剣豪の歴史ものは好みでないのですが、栗山千明に加えて神ががった脚色なので見ています。そう云えばテンペストもそうでした。卜伝の言う「無手勝流」は面白いと思いますが、中州に残された相手は死んでないので「戦わずして勝つ」とは言えず、正しくは「無駄な戦いはしないに限る」とかいうのが本音なのではないかと感じました。 |
| ■2011年10月18日 (火) アリ奇譚E |
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キリがないので、そろそろアリ話も手仕舞おうと思います。今までご紹介したアリ君たちの見事な生活パターンというのは、おそらくはその長い長〜い「種としての歴史」が築き上げたものだと思います。種としての歴史では、ヒト(ホモサピエンス)などは所詮5〜10万年です。一方、アリ君たちは中生代白亜紀にハチ君たちから分かれたと云われています。何故かというと、しっかりとした琥珀に閉じ込められた化石が出土しているからです。琥珀というのは針葉樹の樹液が固まったもので、針葉樹が誕生した白亜紀から琥珀入りの虫の化石が出土されるようになりました。ジュラシックパークでは琥珀に入った蚊から取った血液でクローン恐竜を再生しましたが、ジュラ紀からは琥珀は出土されませんので間違いです。題名が「白亜紀風公園」なら正しいのですが、響きも悪く興業的には失敗したでしょう。話が脱線しましたが、要するに1億年前にはアリ君は地上を闊歩していたようです。いまそのあたりに行列しているアリ君たちが、現在の生活パターンに落ち着くまで数えきれないほどの紆余曲折があったに違いありません。さすれば、かれらはエリート中のエリート種です。ホモサピエンスはたぶん1億年は続かずに自滅するでしょう。もしかするとアリ君たちの子孫はそのあとも生き延びるかも知れません。 |
| ■2011年10月17日 (月) アリ奇譚D |
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アリマキに集まってくる虫はたくさん居て、その中にクロシジミ蝶の幼虫がいます。私たちが街中で良く見かけるアリの中で、ちょっと大きめのアリが「クロオオアリ」ですが、実はそのアリもアリマキに寄せられて集まってきます。面白いのは、クロオオアリ君はこのクロシジミの幼虫を自分の巣に連れて行ってしまいます。巣の中に連れ込まれたクロシジミ幼虫は苛められることもなく、アリ君たちから口移しで餌をもらったりしてVIP待遇で育てられます。食事をしたクロシジミ幼虫は背中から蜜を出し、これをアリ君たちが食べるという、巣穴の中で共生関係を確立します。クロオオアリは関東ローム層などの土壌環境では結構深い巣(2~3m)を掘るので、クロシジミ幼虫は難なく越冬することができます。やがて翌年に蛹になるころ、徐々に巣穴近くに居場所を移動しますが、これは羽化を考えてのことだと思われます。巣穴の中で羽化したクロシジミは、一転クロオオアリたちに追いやられて、のんびりする間もなく巣穴から飛び出し飛んでいきます。成虫は蜜も出さす、アリのコロニーにとっては厄介者となるので追い立てられるのですが、醸し出すフェロモンの変化と云う話もあります。羽化飛翔を促す仕組みと考えると、それも見事にプログラムされた働きだと唸らざるを得ません。 |
| ■2011年10月15日 (土) アリ奇譚C |
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前述のクロナガアリはベジタリアン(菜食アリ)ですが、多くのアリ君は雑食です。花の蜜も吸うし、他のクモや虫の死骸にもたかります。飴色の小さなアミメアリは台所にも進出して、奥方の悲鳴を誘います。そんなアリたちのなかで、皆が皆、こぞって集まってくるのがアブラムシです。別名は「アリマキ」。アリが所有している牧場とかいう意味でしょうが、アリが管理しているというよりアリが取り巻いている様な印象です。アリ君はアリマキに恋しているのではなく、アリマキの出す甘い蜜(甘露と呼びます)を狙って木に登ってくるのです。アリマキは、別にアリ君に蜜を供給するために生きているのではなく、自分らが生きるために樹液を吸っているだけなのです。アリマキの付く場所は樹木の若い枝や芽です、どの植物にも水分や養分を運ぶ管のようなものがあるのですが、アリマキはそこに尖った口吻を刺して養分を吸います。アリマキが吸うのは師管液と呼ばれていて、葉で作られたアミノ酸や糖分を運ぶ器官なのですが、アミノ酸の含有量は多くはありません。アリマキは成長に必要なアミノ酸を確保するために、師管液をどんどん吸い上げて、使わない糖分をどんどん体外に排泄します。これが甘露ということです。甘露蜜を目当てにアリがわんさか寄っているので、アリマキ以外の虫たちをアリは駆逐します。これによってアリマキは天敵テントウムシにも守られるということになります。 |
| ■2011年10月14日 (金) アリ奇譚B |
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以前にもここで紹介したかも知れません。アリとなるとイソップの童話「アリとキリギリス」の話には触れておかねばなりません。ちなみに日本に来たときはアリ君の相手がキリギリスに変わっていましたが、本来は南欧にいるセミ君だったようです。今回のテーマはアリ君なので、セミ談義は別の季節に譲りますが、物語の中でのアリ君の動きについても一言入れておいた方が良いでしょう。そもそも炎天下でアリ君たちが汗水ながして働くことはありません(アリは昆虫)。アリ君も直射日光は嫌いなので、行動を良く見てみると微妙に地面の凹部や落葉の下などの日陰を選んで歩んでいます。盛夏の真昼間になると外を徘徊するアリはまばらになります。つまり働きアリと云えども休む時は休んでいます。ちなみに、晴れた日の夕方、巣穴の付近でブラブラしていたり、じっと動かずにいるアリをたくさん見かけます。彼らはどうやら一仕事終えて「休憩している」ように見えます。これを聞いてちょっとホッとしませんか?二つ目は、アリは冬場の食糧を蓄えるためにせっせと動いている訳ではありません。巣の中で次々に生まれる幼虫たちのために餌を運んでいることが多いのです。冬場は地中で半分冬眠状態になりますので、蓄えは基本的に大したことはありません。ただし秋に巣穴から出てくるクロナガアリだけは別です。彼らは年内2か月に蓄えを確保するために草のタネをたくさん集めて巣穴に運びます。クロナガアリの巣は4~5mもの深さにあるので、冬でも15度前後と快適です。冬中自分たちが食べる餌と幼虫のために餌の確保は必須です。どうやらイソップの話に出てくるアリは、このクロナガアリですが、実は夏の盛りにも地中にいるので「アリ」バイがなく、どうもストーリーとはギャップがあります。本当のところは、セミでもキリギリスでも、それぞれの生き様(多様性)を持っており、どれかの種の生き方だけが素晴らしいとかいうことは自然界のなかでは無い、というのが現実の話でしょう。 |
| ■2011年10月13日 (木) アリ奇譚A |
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今日は久々に人間ドックです。年相応にガタがきている様でもあり、まあ定期的なチェックはしておいた方が良いと感じたからです。アリにも寿命があります。種類によっても違うし、同じ種の中でも女王アリと働きアリは全然違います。街中でよく見かけるクロヤマアリ、ちょっと大きいクロオオアリなどの女王アリは結構長寿で、環境が許せば10年は軽く生きるそうです。流石に女王と呼ばれることはあります。働きアリはすべて女王アリの娘たちですが、働きづめがたたったのでしょうか、1ー2年で昇天してしまいます。親より先立つという親不孝はアリの世界ではプログラム化されているようで、娘たちが死ぬと女王はどんどん補充して行きます。一つのアリの巣には5千匹ぐらいの働きアリがいるので、途中で捕食されてしまったり、育たずに終えた卵や幼虫などはカウントしないでも10年間で3ー5万匹も産む勘定になります。交尾は生涯一度ですので、その出産能力たるや凄まじいものです。例外もありますが、基本的にはアリの巣穴は一代限り。女王アリが死ぬと巣もおしまいですが、10年以上も不断ない王国繁栄というのはなかなか大したもので、一番の働き者は他ならぬ女王自身でしょう。 |
| 2011年10月12日 (水) アリ奇譚@ |
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アリの社会は一匹の女王アリと、彼女から産まれた大勢の働きアリから成り立っています。女王アリが次から次へと産む卵のケアから、巣の掃除、幼虫が産まれたら産まれたでエサの手配やエサやりなども働きアリの分担です。そうなると一つの疑問が生じます。女王アリが首尾よく交尾を終え、そのミッションを始めるときに、交尾を終えた雄のアリは死んでしまっていて、生まれたときに新女王アリは一人ぼっち。女王様のために働く手下は誰もいません。それでは初めて女王アリとなったアリは、働きアリを初産したあと、彼らをどう育てていくのでしょう。女王アリがせっせと外からエサを巣穴に運ぶ光景というのは見たことがありません。エサの無い巣で、どうやって女王アリが子育てをやるのかと云うと、何と女王アリは初めて孵った幼虫たちに口移しでエサを与えています。そのエサというのは、他ならない自分の身体の一部を溶かして幼虫たちに与えるのです。その一部分とは「胸の筋肉」です。胸の筋肉は羽根を動かすために使われたもので、女王アリの一台イベント交尾(結婚飛行と言います)が終われば用無しです。この筋肉を利用して子育てをすると云う賢い手法を、アリの祖先は確立したのです。 |
| ■2011年10月11日 (火) 黙想についてB |
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施設は修道院の一角にあるので、庭を散策してみました。黙想する前に散策をしていなかったので、ビフォア・アフター的な分析は出来ませんでしたが、立派な庭でとても印象的な散策でした。木々や草花との会話などという大袈裟なものではありませんが、黙想で鎮まった心で散策すると、多くの命に囲まれている自分を感じることが出来ました。言いかえると「情報量が増えた」ということです。ここでも何となく分かった事は「自身の心の平穏静寂を保つことで、多くのことが見えてくる。そしてより良いやり取り=コミュニケーションが出来るようになる」ということ。社会生活成功の鍵は他人とのコミュニケーションだと思います。小手先のテクニックではなく、自身の心の保ち方や開き方次第で、いかようにもより良い人生を過ごすことが出来るのではないでしょうか?自然観察も周囲の生きものや環境とのコミュニケーション(物理的なやり取りがあるわけではないので「共感」と呼ぶべきかも)。同じようなことが云えるような気がしました。アクティブに修行のようなものをするのではなく、雑念を鎮めて、周囲の有り様を受け入れやすくすることで、新たな発見や気づきに心を止めることが出来るのでしょう。黙想ということを宗教的なことだけと捉えずに、これからも生活に取り込むように努めていきたいと思っています。 |
| ■2011年10月 9日 (日) 黙想についてA |
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今日も出勤です。ところで、黙想会の目的は無言を強いる行為そのこと自体にあるのでは無く、意識を内面に向けるために意識の発露たる「言葉」を敢えて呑みこむことを前提としていると私は捉えました。朝から晩まで年中煩悩に支配されている身としましては、黙って瞑想していると、あれやこれやと雑念が頭をよぎるので、なかなか静寂になりません。つくづく私という存在は邪念に支配されているものだと呆れてしまいますが、それでもしばらくすると脳みそが落ち着いてきます。もちろん凡人なので「無」の境地などとは遥かに縁遠いものなのですが、心の騒ぎが一服すると、次第に今迄まったく意識すらしなかった周りのものに感じている自分と云うものが出てきます。肌に触れる空気とか、虫の声、遠くで鳴いている鳥の声、葉のざわめきなども聞こえてきます。身体もどこと無く温かくなる感触です。本来はこうならないと他人との交流や、思いやる気持ちなども湧いてこないと感じました。日常いつもやっているコミュニケーションと信じていた行為は、もっと上っ面のどこかでのやり取りと云う感じです。こうしてみると「黙る」と云う所作は、矛盾することですがより良いコミュニケーションを確立する点で、結構ポイントとなるものだと云えるのかも知れません。 |
| ■2011年10月 8日 (土) 黙想について@ |
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三連休ですが、日頃の行いが悪いのか出勤で潰れてしまいました。さて以前、カトリック入門について触れましたが、その勉強の一環で「黙想会」なるものに先月行ってまいりました。本来はもっともっと長い期間の学習なのですが、入門者用と云うことでわずか一泊のコースです。実は参加するまで全く内容は知りませんでした。聖書講座と自分自身と向き合う瞑想時間で構成されているもので、ポイントは「言葉を話さない」と云うことです。講座を受講する時間はもとより、それ以外の時間帯もすべて無言と云うのが、文字通り「黙想会」というものの基本スタイルだそうです。部屋は小さいながらも個室があつらえており、そこでも、廊下でも、食事の時間帯でも皆すべて無言。知らない人と会話するのも億劫だと云う人には良いかも知れません(私も初めはそう思いました)が、だんだんと辛くなってきます。「言葉を発しない」と云う行為が如何に非日常的かということを知るには絶好の機会です。 |
| ■2011年10月 7日 (金) 善徳女王A |
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韓国のドラマを嫌う人が多い理由の一つは、必ず出てくる敵役の描き方が余りにも毒々しいので、日本人的にはウンザリしてしまうからだと云う話もあります。トンイでは王妃チャンヒビン、そして善徳女王でも前王側室ミシルが敵役として登場します。面白いのはどちらも人気女優で、しかも黙って座っていれば優しげな美女です。その容姿とは裏腹な悪女ぶりに注目です。善徳女王の面白さは何といっても敵役ミシルを演じる「コ・ヒョンジョン」の演技でしょう。微笑みながらも有無を言わせず宮廷の男どもを牛耳る様は、ときどき背中にゾッとするものを感じます。まさに迫真の演技です。ヒロイン徳曼(トンマン)を演じる「イ・ヨウォン」の爽やかさに惹かれる男は多いと思いますが、わたし的にはミシルが画面に登場するといきなり緊張感が走るので、もしかすると心のどこかで強い女に惹かれているのかも知れません(笑い)。ちなみにトンマンも次第に強い女になって行くそうです。人気韓流ドラマの例にもれず、この作品も62話ととんでもない長さですが、次から次へとスリリングな展開になっており、トンイとともに飽きずに最後まで見続けるような気がします。 |
| ■2011年10月 6日 (木) 善徳女王@ |
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韓流ドラマ「トンイ」にハマっている話を以前いたしましたが、最近またハマりそうなドラマに遭遇してしまいました。BS-FUJIで放映している「善徳女王」です。善徳(ソンドク:seondeok)女王とは、古い朝鮮半島の国「新羅」の初めての女王(第27代の王)になった人物。その波乱の一生を描いた作品です。七世紀半ばの話ですので、トンイの世から遡ること千年。日本は大化の改新あたりで、国としてちゃんと纏まりがあるとは言えず、まだまだ混沌とした時代でしたので、ドラマで出てくる何かしら洗練された空気からすると大陸文化がかなり先行していた時代だったのかも知れません。迷信により捨てられ、男として育てられたヒロイン徳曼(トンマン)が周囲の支援を受けながら、次第にその大きな器を現実のものにしていく様は、なかなかスケール感があって見応えがあります。昨年テレビ放映された韓国では視聴率40%を超える大ヒットとなったそうです。私がハマったのは男装したトンマンで、どうやら宝塚歌劇にのめりこんだ動機とオーバーラップしているのかも知れません。 |
| ■2011年10月 5日 (水) 膜翅目C |
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いまやハチというと集団生活を営む昆虫と思われているフシもありますが、元々は単独行動を行なうカリウド蜂が本家本流で、そこからアリに分かれて行ったり、あるいは社会性(集団行動性)をもったミツバチなどの種に進化していったのではと思われています。多足類から進化した昆虫の始祖が出現したのが、およそ4億年前と云われています。脊椎動物はまだ両生類の段階で、そう云った点では昆虫としての歴史はとても長いわけで、その分非常にこなれた分化と進化を遂げてきた末裔が、いま私たちの周りにウロチョロしているということになります。脊椎動物としての進化系統の先っちょにヒト。節足動物としての先っちょがアリやミツバチなどの現存昆虫ということです。いずれも進化の先端は集団的社会性を旨とした生物種であります。これからすると、生きものと云う存在にとって集団性は、その種の生き残りと進化のためにとても重要な要素であるようです。個人主義、少子化、核家族化というのは、いずれも種の終章に向けたプロローグなのかも知れません。 |
| ■2011年10月 4日 (火) 膜翅目B |
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表題のテーマに沿った展開をしたいので、アリに近いハチの話をしてみることにします。先に紹介したなかで、地中に住んだり卵を産むハチ君たちについて語りたいと思います。庭で草刈りしていると刺されるのがジガバチの仲間です。ウエストが棒状にくびれていて、個人的にはとても美しいシェイプをしています。そのままSFアニメに出てきても立派にキャラクターになりそうな感じです。彼らにとって草刈というのは紛れもなく攻撃を受けた状態なので、まあ止むを得ない反撃を受けたということになりますが、刺されると、このハチもそこそこ痛いですがショックが来るほどではありません(ハチ君には過去に幾度か刺されているのでアナフィラキシーショックのリスクと隣り合わせ)。ジガバチはカリウド蜂というカテゴリーで、獲物(多くは昆虫類)を捕まえて麻痺させ、巣穴に引きずりこんで、自分の幼虫のために食糧確保をしているのです。殺してしまうと餌が腐ってしまうので、麻痺させているわけです。また、カリウド蜂の仲間であるハラナガツチバチというハチは、もっと合理的?で土中で生きているコガネムシの幼虫を襲い、それを麻痺させてそこに産卵するという手法を使います。やがて孵化した幼虫にはしっかりごちそうが傍らに用意されているという訳です。この時期はヤブガラシの花にも吸蜜しに来ています。同じサイズのアシナガバチとの違いは、胴長短足と長い触角です。このハチはめったに刺しません。 |
| ■2011年10月 3日 (月) 膜翅目A |
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これから晩秋までハチの活動が活発になる時期なので、ハチの生態を多少知っている方が良いかも知れません。ハチ=刺すと短絡している人は多いですが、針のないオスは刺さないし、ハチの仲間で刺す種類は限定されています。庭先や近所の公園で出没するもので刺すのは、基本的にはアシナガバチ、スズメバチ、ミツバチ、マルハナバチ類だけです。とは言え、虫に詳しくない普通(?)の人は即座に判定し辛いでしょうから、基本は「遠慮」することで対処しましょう。「遠慮」とはこちらからアクションを取らないことです。ハチが体につきまとったり止まったりしたら、手で払わず(向こうからすると攻撃を受けたと見なされます)動かずにそのまま静かにしゃがみましょう。後はハチが去るのをノンビリ待ちましょう。 ドロバチ、アナバチ、ベッコウバチ、クマバチなども刺されると痛いそうですが、これらは掴んだりしない限り刺しません。 |