Hiyorimi-Blog

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■2011年4月28日 (木) ママチャリ

既報の通り、連休の仕事の一つとしてママチャリ整備があります。量販店仕様ではなく、ミヤタ製のちゃんとしたアルミハイブリッドのママチャリです。ただし重いのが難点。チャリの快適さは重量と反比例していることは、ここでも幾度も紹介していますが、ママチャリとて例外ではありません。私が日常的に使うためには、もっと軽くすることが必要で、もちろん買い物カゴやキャリアは外してしまう予定です。シートポストや照明、ペダルも交換してしまいますが、ハンドルバーは要検討。なぜならママチャリの多くはアップハンドルを前提とした重量バランスで設計されているからです。それと個人的には、あのゆるいアップハンドルも嫌いではありません(一時期、ロードレーサにもアップハンドルを付けていたぐらいです)。まあ、シマノの内装3段はなかなか安定性があって、これがあるから、このママチャリを流用しようと思ったのです。どういう姿に変わるかは不明ですが、このママチャリ改、現地の雑木林ウォッチングで活躍しそうです。

■2011年4月27日 (水) 通勤経路

つくば勤務に合わせて通勤経路も切り替えねばなりませんが、まだ都内での業務が多く残っているので、連休前は町田の自宅から二時間半かけての通勤です。帰りはずっと座れるものの、やはり遠いですね。予定通り、千葉(白井)の実家から通うことにしましたが、問題は通勤経路です。時間を優先するか、経路を優先するかで迷っています。時間はかなり短縮(一時間強に)されるものの、通勤時間だけを優先するとあまり面白い経路にはなりません(武蔵野線経由のため)。一方、単線ですが東武野田線を使うと、おおたかの森や柏市内も通過するので、平均して5-6分余計にかかりますが、沿線が面白そうなので、こちらにも食指が伸びています。試しに使ってみて、悪くなければ効率非優先で単線ルートを使いたいと思います。

■2011年4月26日 (火) 今年は日比谷B

この公園で見かける光景は、どの都市公園でもお馴染みのものですが、そのなかにはちゃんと生物多様性の仕組みが出来上がっています。いつも思うのですが、その舞台は「みどり」がつくっています。無味乾燥な都市部に潤いをもたらす「みどり」は、別に視覚的なものだけではなく、多くの生きものを育む役割をしています。一旦根付けば、彼らは動けません。文字通り「一所懸命」に生きるために、周囲を巻き込み、お互いに支えながら生きていく仕組みを作り上げているのです。「みどり」があるからこそ、そこに沢山の「いのち」が集まってまいります。鳥たちだけでなく、クモや昆虫、カエル。土のなかにはミミズや微生物、そしてモグラなどが、植物たちと相互に関与しながら「いのち」の営みを日夜続けています。生物多様性を育むにあたり、欠かせぬ重要な要素が、この「みどり」だと云えます。そんなわけで、この観察会は「みどりの自然観察会」というネーミングになりました。来月、5月22日、どうぞ皆さま日比谷公園にお集まり下さい。

■2011年4月25日 (月) 今年は日比谷A

なるべく厚みのある観察会にしていきたいと思うと、やはり事前準備は欠かせません。いきなり馴染みのない現場(フィールド)に出ての観察会もたまには有りますが、どうしても部分的な展開になってしまいます。先ずは観察会をする前に、いつもすることですが、そのフィールドの由来を調べることにしております。漠然と「日比谷」と呼んでおりますが、この土地はもともと漁村でした。地名の「ひび」とは、海苔や牡蠣を付着するために海中に刺した木の枝(粗朶)から来ています。昔の地名では「比々谷村」と呼ばれていたようです。やがて徳川の世になり、日比谷の周辺は埋め立てられて大名屋敷の街区となったようです。このことは、今なお公園近辺の土壌はそれなりに柔いということです。ところが植物にとっては根も伸ばせるので、必ずしも悪い環境とは言えません。例えば、いま巨木としてそびえている木々の多くは、植栽時は50-60センチ程度の苗だったと信じられますでしょうか?

■2011年4月23日 (土) 今年は日比谷@

まだ認知されているとは言い難いですが、来月22日は「国際生物多様性の日」という事になっております。毎年、この日に世界中で関連イベントが開催されます。私の所属している団体では、昨年は新宿御苑で自然観察会を開きましたが、今年はもう少し都市部の真ん中に近い公園でということで、日比谷公園で自然観察会を行うことで準備を進めております。オフィス街のど真ん中に位置している公園ですが、郊外の里山と同じように、自然界の生きものたちの営みが日々行われています。「身近なところで生物多様性を実感」という狙いでは、とても良い公園だと思っています。漫然と眺めるのではなく、ちょっとした観察をしてみると、色々楽しい光景がにじみ絵のように浮かんできます。そんな感動を、少しでも多くの人たちにご紹介していければと思います。

■2011年4月22日 (金) つくば転勤B

学者でも研究者でもないので、研究所というのには今まで殆ど縁がありませんでしたが、いざ来てみるとなかなか居心地の良いところです。研究に没頭してもらうために、スペースにもゆとりがあって、なにより静かであるのが嬉しいです。今まではガサガサとうるさい職場でしたが、それとは雲泥の差。どこか外国の郊外の企業施設を連想します。敷地の広さについては凄く、入門から事務棟までは歩くと15分ぐらいかかります。ずっと雑木林のなかを抜けるので観察の虫が騒ぎだしますが、残念ながら国の研究施設内ということで、魅力的なネタがあってもカメラは持ち込めません。その点は残念です。ひたすら広いので移動面では億劫ですが、厚生施設も充実していますので、一般の会社施設に比べると居心地はいい環境だと思います。まあ、しばらくこちらの生活を楽しみたいと思います。

■2011年4月21日 (木) つくば転勤A

とは云え、予想以上に都内での仕事も多いため、GWの連休までは自宅から通うことがメインとなりそうです。移動時間がやたらに増えそうなので、とうとうポータブルオーディオ(ウォークマン)を買うことにしました。家族からは呆れらえていますが、入れたものは宝塚ソングと、観察会用の野鳥のさえずり集。我ながらちょっと異様です(笑)。もう一つ考えているのがチャリンコ。さすがに大事にしているコーダ君などは持ち込むことは考えていませんが、ちょっとした移動が出来るチャリがほしいと思っています。研究学園都市らしく洞峯公園など立派な施設も多いので、モニタリング観察の場には事欠きません。自宅のママチャリ(基本メカは結構しっかりしている)がくたびれて来ているので、これをリストアして使うことも考えています。

■2011年4月20日 (水) つくば転勤@

事後報告ですが、今週からつくば市にある研究所に勤務地が変わりました。いまはTXがあるので、根性出せば、自宅から通って通えないところではありませんが、毎日往復5時間の通勤はさすがにアホらしいので止めました。平日だけ千葉の実家から通って、週末は町田にもどるという生活パターンになりました。いわゆるプチ単身生活です。千葉の実家からは一時間ちょいで通える予定です。つくば市のあるところは茨城県ですが、いざ出掛けてみると内陸部でも今回の震災の爪痕が残っています。研究施設も影響を受けており、余震も多く、揺れも都内より強いです。このような不透明な状況のなかでの船出となりました。茨城というと、私にとっては首都圏のなかでいまいち馴染みのなかった県ですが、今の時期だからこそ未来に向けた技術開発を行う場としては、とても意義深い地域ではないかと感じています。

■2011年4月19日 (火) 栽培植物G

まだネタは尽きないのですが、そろそろ次のテーマに移りたいので栽培作物の話は今日で一旦終了とします。最後に紹介したかったのは、食べ物ではない栽培植物。すなわち衣食住の「衣」で私たちの暮らしを支えてきたワタの話を致しましょう。これは綿100でしょうか?などと奥方がアパレルショップで尋ねている光景はよく見聞きしますが、彼女たちのうち綿花というものを一体、どれだけの人が知っているのでしょう?牛肉やチキンを食べるのと同様に、手にするのが例え加工物でも、それに拘るからには、素材がどのような状態であるのか、どうやって育てているのかと知ることが必要な気がします。綿はアオイ科の植物であり、繊維原料となる「綿毛」というのは、タンポポなどと同じく「種子」の段階で生えてくるものなのです。そのためには花が咲き、結実するというステップが必要になります。アフリカ、インド、中南米などの原産で、古くから品種改良され続けてきたので、ワタの種類はとても多いです。なかでもエジプト綿は長毛で最高級とされておりますが、日本では戦前まで、やや短毛のアジア綿の栽培や紡績が盛んに行われていました。ワタというのは暑い地方の産物なので、西日本にのみ綿生産や紡績業が起きました。東日本の経済発展が相対的に遅れた理由の一つが、この綿生産の有無だったとも云われております。日本以外でも綿産業の位置づけはきわめて大きく、産業革命でのイギリスの最も大きな成果は、紡績業における国際競争力向上でした。こういう風に栽培植物にかかる行政力の差異が、すなわち国際競争力に跳ね返ってくる訳ですので、日本はもっと栽培植物のイノベーションに対して、もっと国家的な視点でヒトとカネをつぎ込んでいくべきと私は考えています。

■2011年4月18日 (月) 栽培植物F

穀類とともに忘れてはならないのが根菜類です。とくにイモ類は、人々が生きていく上で重要な役割を果たしてきました。今でこそ意識できない言葉ですが、歴史の中では人々は幾度も「飢饉」に襲われました。冷害や日照りによる不作がそれです。このような時に、成長点が地上にある植物は大きな影響を受けますが、食部分という視点ではイモ類の成長点は地下。冷害にも乾燥にも比較的対処できうる仕組みになっています。イモが「救荒作物」として位置付けられているのは、このような環境変動対応力にあるのです。原発事故で、のきなみ葉菜の市場価格が落ちましたが、今の時期は地上部にむき出しの葉菜よりも根菜のほうが栽培リスクは少ないかも知れません(大気や表土だけでなく土壌内が汚染される段階になってしまうと一緒ですが)拙宅菜園でも、今まで葉菜ばかりでしたので、この春の野良仕事は休止していますが、状況が多少進展すればイモ類ならば植付けしても良いかも知れませんね。

■2011年4月16日 (土) 栽培植物E

野生の植物は、なるべく早くタネを落とすこと。そして休眠期間をしっかり保つことが求められています。前者はなるべく早く種子を散布する必要性から。後者は次年度の発芽適期までしっかりとタネの状態で、それぞれの生育に適さない寒い時期や暑い時期、あるいは乾期をやり過ごすためです。ところが栽培植物となると事情はまったく逆です。収穫効率を上げるために、タネは纏まるまで残っている方が便利ですし、播種適期はヒトが判断できるので、いつでも蒔けばすぐに発芽分化して欲しいものです。こう言った特徴を出すための交配・品種改良を行っているので、私たちはいつでも、比較的安定した価格で穀物や野菜を口にすることが出来るのです。栽培植物を見下すのではなく、私たちの発展と暮らしに対して貢献してきた、これら栽培植物にもっと感謝をするべきだと私は感じています。

■2011年4月15日 (金) 栽培植物D

世界的には穀物の王様はコムギでしょう。アジアに偏っているイネとは異なり、コムギはコスモポリタン。乾燥にも耐えられるので全世界で栽培されております。その環境適応力は高いので、これがコメ文化とパン文化を分ける一つの目安にもなります。製粉主体なのはコムギはイネとは違って表皮が頑丈で、白米のように精麦するのが手間取るためです。その大半はすり潰して小麦粉とヌカ(ふすま)に分けるようになりました。日本のコムギは収量も多く柔らかい品種なのですが、これは湿潤な気候に合わせて生み出された結果だそうです。全般的には乾燥にも強いコムギですが、単位面積あたりの収量で云うと雨が多いほうが収量は増える傾向です。実は北米西海岸(ワシントン州)穀倉地帯も、日本と同じ湿潤な気候なのですが、似た環境適応種ということで品種改良の中で幾度も米国産コムギと掛け合わせをやっているようです。例えば、稔りの時期に、穂の重さで倒伏してしまうと収穫にも差し障りがありますので、丈も低め(矮性)で倒伏しにくく、且つ収量も多い品種「ゲインズ」を作りました。これのルーツは日本の品種「農林10号」ということで知られていますが、農林10号自身も、元々のルーツは日米の混血です。こうやって日米を行き来しながら、コムギは今日の私たちの暮らしを支えてくれる存在になりました。

■2011年4月14日 (木) 栽培植物C

世界でみると日本のイネは少数派。細長くない「ジャポニカ」という種で、耐寒性に優れています。しかも旨みがありますので、まさに日本という地域で、日本人の嗜好に合うように改良され続けてきた栽培植物ということになります。稲穂は種子だと思っている人は多いのですが、実際のところ玄米は、リンゴなどと同じ「果実」というのが正しいのです。籾ガラの中は表皮ー果皮?デンプン層?胚乳という構造なので果実にあたりますが、実態は果肉部分は退化しているので、果実とか言う感覚はありません。そして精米した白米は胚乳と胚にあたりますので「種子部」と言っていいかと思います。8月ごろの稲穂には美味しい胚乳が分化されるのですが、この時期を狙ってスズメが稲穂を食べるのです。お百姓さんとスズメの戦いは、案山子の兵隊も参画して長い長い戦陣が続いています。

■2011年4月13日 (水) 栽培植物B

自然観察会で良く聞く言葉で、私が好きではないのが「これは園芸植物だから云々」とかいう言葉。このように見下した言い方をするインタープリターが少なからずいることは残念です。 生きものである以上、決して「在来種だから貴重」「人手が関わった園芸種だから下等」とかいう単純な話ではないので、どのような植物にも愛情と関心をもって接するべきだと私自身は考えています。栽培植物も長い歴史の中で改良されて、私たちの暮らしに役立ってきたのです。そう云った視点で見て行きましょう。イネを例にすれば、穀物のなかでも蛋白質の含有が高いので、インドから日本のアジア諸国の中で、主食の地位を占めてまいりました。先ずはこれの収量を増やすことが栽培作物としての狙いでした。いずれの栽培作物も、その特徴として「収量が多い」ことが求められます。日本はモンスーン地域の北限にあたるため、日本では更に耐寒性というターゲットも求められたのです。

■2011年4月12日 (火) 栽培植物A

栽培という言葉は、野生状態ではなくヒトの手によって植物が育てられている状態を指します。栽培の歴史はどれほどなのでしょう?まずはイネから始めることにします。歴史の教科書では、日本列島では弥生時代(約2千年前)からが農耕文化などが始まったとされていますが、大陸ではそれよりずっと前に稲作は始まっていたようです。中国では9千年前の地層から水田遺跡が出ていて、5千年前には水田稲作がほぼ完成していました。ホモサピエンスが生まれたのは4万年前。ヒトの歴史の中で植物栽培までの時間はとても長くかかりましたが、そこからの文明の進歩速度は驚くほどです。このことは即ち、植物栽培というものが、人間の文明発展に果たした役割が極めて大きかったということの証しでもあるのです。

■2011年4月11日 (月) 栽培植物@

ソメイヨシノ、今が最後の見頃でしょう。こんな時期なので、今年のサクラには例年以上のまぶしさがあります。ふと足元をみるとタチツボスミレが健気に満開です。不思議なもので、こんな小さな花にも勇気づけられている自分を感じます。ところで、いまの状況からみてナーバスになるのは仕方ないところですが、ホウレン草全体が風評被害に遭わないように気にしています。ホウレン草の歴史は長く、シルクロード経由で大陸から日本に入ってきたのは江戸時代。ホウレン草は帰化植物のひとつです。それからは、私たちの暮らしに欠かせない作物となっています。それはこれからも変わることはありません。ホウレン草報道をみながら思いついたのですが、身の回りには、たくさん私たちの暮らしに繋がっている植物があります。これから幾つかを紹介して行きたいと思います。野菜という言葉は食材に限定されているので、ここでは「栽培植物」というカテゴリーで、私たちの暮らしに深く係わりあっている植物たちに触れてみましょう。生物多様性の切り口のひとつが「人との関わり」にもなっていますので、そう云った意味でも重要なテーマです。

■2011年4月 9日 (土) こういう時こそ宝塚E

月組では「美女と野獣」アレンジ作。月末に見に行くことにしています。ヒロインのベル役は大ファンになった蒼乃夕妃さん。宝塚娘役トップではピカイチの歌と演技が楽しみです。今まではあまり馴染みの無かった月組でしたが、昨年当たりから注目しています。中堅や若手にも素敵なジェンヌさんが多く、もしかすると層の厚さでは宝塚のなかでは一番かも知れません。そして、ここも来月ですが、新人公演のチケットを確保しましたので、先々楽しみな若いジェンヌさんを見つけたいと思います。そのときにまたレポートいたします。最後に、おなじみの雪組ではプーシキンの名作「大尉の娘」をアレンジした「黒い瞳」が月末から全国ツアーで公演していきます。ちなみに、この作品は98年に真琴つばささん率いる月組が素晴らしい公演をしました。DVDで時々観るのですが、幾度見ても泣いてしまいます。娘トップの座を射止めた舞羽美海さんが、果たしてどこまで風花舞さんのミーシャに近づけるか..などなど見所がたくさんあります。しばらくは宝塚から元気をもらって仕事に励みたいと思います。

■2011年4月 8日 (金) こういう時こそ宝塚D

そんなわけで、震災後もシコシコ通っていた宝塚(来客が減りヘルプした面もややあり)ですが、今月もまた花組新人公演、月組の東京公演。雪組の全国ツアー(市川、府中)などに出かけております。いずれも知人の絡みですが、それぞれの組には見所があり、お気に入りのジェンヌさんがいるので楽しみです。オジサンの目線なのでどうしても娘役に目がいってしまいますが。花組ではトップスターの真飛聖さんのサヨナラ公演中ですが、昨日行ってきたのは新人公演。雪組は別として、期間中1日しかやらない新人公演のチケットが回ってくることは余り無いので二つ返事で観劇しました。新人公演というのは初舞台から七年目までのジェンヌさんだけで本公演て同じプログラムを演じるもので、宝塚大劇場と東京宝塚劇場それぞれ一回ずつ開かれます。経験だけでなくお稽古の時間も少ないので、演技や唄はまあ仕方ありませんが、一生懸命なので見ていて楽しいです。新公娘役主演は桜咲彩花さんという四年目のジェンヌさん、初めて見ましたが、熱演で好感が持てました。男役は主演の大河凜さん初めカッコ良いジェンヌさんが幾人かおりました。前にも紹介しましたが、次回以降(蘭とむ花組)には大いに期待している花組なので、今回の新人公演を見るからに先々は楽しみです。

■2011年4月 7日 (木) こういう時こそ宝塚C

印象的なシーンを一つご紹介しましょう。離れなければならないロミオとジュリエット。二人にとって唯一の夜だった初夜も、甘美な時は瞬く間に過ぎ去り、やがて東の空が白んできました。朝の到来を知らせる鳥(ヒバリ)の声が聞こえるシーンに、ロミオが苦しみながら「もう朝だ、行かなければ」と声を絞り出すと、ジュリエットが「あれはナイチンゲール、ヒバリではないわ」と引き止めます。あまりにも切ないシーンなので、そのままのめり込んでしまうのですが、日本の人たちには、おそらく「ナイチンゲールって何だっけ?」とかいう疑問が後で出たのではないかと思います。この鳥(Nightingale)は、サヨナキドリ(早夜鳴き鳥)で、ヒタキ科ノビタキ属の渡り鳥で欧州ではお馴染みなのですが、日本には居りません。夜鳴きウグイスとも言われ、夕暮れ後や夜明け前によく透る声で鳴くそうです。ジュリエットが聞いた声も間違いなくヒバリの鳴き声だったのですが、それを現実とは思いたくない一心で発した台詞なのです。美しいヒバリの声すら、二人の仲を引き裂く残酷な仕打ちと恨む気持ちがどれだけ出せるのか、ジュリエット役を演じた舞羽美海さん、夢華あみさんが果たしてどこまで出せたのか、そんな視点で見てみると面白いと感じました。

■2011年4月 6日 (水) こういう時こそ宝塚B

今回の雪組公演の良かったところで忘れてはいけないのが原作の素晴らしさです。ウィリアム・シェクスピアのロミオとジュリエット。お馴染みの歌劇ですが、バックボーンが完成されているから、彼女達の持ち味が光ったのでしょう。新トップの音月桂さんの大劇場お披露目公演でもあり、大いに期待していましたが、これほどハマリ役だとは思いませんでした。以前の星組ロミオとジュリエット公演も、相当にいい出来映えだったのですが、今回公演では新生雪組の良さが十分に発揮できたのはと思います。トップスター以外では、期待していた未涼亜希さん(雪組に組換え)の歌唱力、普段は男役の大湖せしるさんの愛の女神には完全に脱帽。音月さんをもり立てていずれも素晴らしいものでした。もう一つの楽しみは、ジュリエット役の舞羽美海さん、夢華あみさん(日替わり)の演技でした。正直言ってジュリエット=オリビア・ハッセーというすり込みがされている私にとっては、日本人の演じるジュリエットというのが、どうにも受け入れられなかったのですが、結果的には二人とも良く頑張っていたと評価しています。とくに体調を崩してしまった夢華さん。震災後は頑張って舞台に復帰して演じていたのが印象的でした。実力の片鱗も感じましたが、まだまだ若すぎます。トップ娘役としてはもう少し時間をかけて育てた方が良いでしょう。

■2011年4月 5日 (火) こういう時こそ宝塚A

ちょうど東京で公演していたのが、雪組のロミオとジュリエット。知合いのお嬢さんが出ていることもあり、いつも見に行っているのですが、今回の公演は素晴らしいものでした。おそらく私にとっても、いつまでも心に残るプログラムの一つになることでしょう。震災当日は観劇しておりませんでしたが、感じたのは震災を挟んで、これほど印象が違った公演はなかったということです。もちろん観劇している私自身の心にも大きな変化があったのですが、震災後のジェンヌさんたちの演技に光を感じた理由は、おそらくはそれだけではないはずです。「こういう時だからこそお客様に感動を」と彼女達が頑張ったからだと私は感じています。いつも以上に、一つ一つの演技に気持ちがとてもこもっていました。どんな公演でも、2度3度と繰り返して観るうちに感動は薄れるものなのですが、今回震災後は全くそれはありませんでした。日頃は普通のお嬢さんたちですが、今私たちが出来ること、その演技を一人一人が心を込めて演じていこう、この気持ちが強く表れていたのではないでしょうか。依然として深刻な状況ですが、よく分かったこともあります。宝塚が人々に希望と元気を与えていることです。これからも宝塚歌劇を応援して行きたいと思った私です。

■2011年4月 4日 (月) こういう時こそ宝塚@

対外的には鈍感さを示すようにしている私ですが、ボディの方はさすがに堪えているようです。軽い胃炎になってしまい、久々に医者に行って胃薬を処方してもらいました。あれやこれや処置すべき仕事が舞い込んできて、週末も何もあったものではなくなっていますが、幸か不幸か自然観察会のイベントが軒並み中止や延期になっているので、そちらに迷惑がかかっていないのが、わずかな救いです。とはいえ、さすがに自粛一本やりの風潮からはそろそろ脱却すべき時間軸になってきたと思えます。出来ることはやる、出来ないことは無理してやらない。こういう時だからこそメリハリをつけて行うべきではないでしょうかね。民間では柔軟にというか、適宜対応しているのですが、情けないのが公共的な外郭団体です。例えば、どこの公園でも花見自粛一本やり。被災している方々への遠慮といえば聞こえは良いですが、事なかれ主義の産物だと感じております。○×公園の花見があろうとなくなろうと東北の情勢が好転するわけではありません。むしろ社会的な閉塞感のほうが心配です。経済とは人とモノの動きが活発になって初めて成立するものなので、脳みそを働かせない闇雲な自粛は、かえって日本全体にとって弊害になります。東日本の電力不足は事実なので、もちろん夜間の照明は控えるべきでしょう。ですが夜桜見物は自粛しても、日中の花見まで制約することは行き過ぎだと思います。これは何も花見に限った話ではありません。人を元気付けたり、安らぎを与えるようなイベントは、こういう時だからこそ行うべきだと強く感じています。そして、そのひとつが宝塚歌劇だと私は感じています。

■2011年4月 1日 (金) 電力対策A

4月になりましたが、事態は依然として不安定な情勢です。さて、悪いニュースが続くなか、いくら電力不足だからと、今後原発増強のストーリーが認められる余地はほとんどないと思われます。それどころか、既存原発に対しても国民の厳しい目が行くことは間違いありません。その代役と期待されるのは、再生可能エネルギーによる発電方式になるのも間違いないところですが、それを裏で支えていく黒子は、文字通り石炭火力しかないと思います。然しながら、石炭火力の増強には幾つかの問題があります。燃料としての石炭自体はまだ枯渇するものではありませんが、ばりばりの化石燃料ですので、その増強が地球温暖化策の逆行、すなわち京都議定書の反故ということに繋がります。これについての国民的な合意形成が必要です。いくら復興のためとはいえ、足りないから化石燃料発電所を増やすという単純なロジックではダメで、消費構造の抜本的見直しによる超省電力社会を形成しながら、必要最小限の且つ最高効率の新鋭石炭火力を使う、というビジョンを描かないといけません。我が国がとんでもない非常事態下に置かれていることは、国際的にも認知されている状況なので、石炭火力の建設は諸外国からあからさまに批判されることは少ないでしょうが、日本らしい提案・展開をして欲しいと思います。エコロジーという観点では、まさに苦汁の選択になりますが、前に挙げた、超省電力社会構築との抱き合わせで進めて行く方法しかないと私は考えています。また石炭火力も木質系バイオマスを織り込んだ形で、我が国の森林資源を活用できるものにしていくことが重要です。


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