土地と稲荷信仰 初めは東京都田無市の「トウカメ稲荷」の話です。このお稲荷さんは他の小祠とともに、明治三十九年に今の芝久保町から田無神社に移されてしまいました、これは明治政府による神社合祀政策の一環で、いうなれば世俗的な力学の産物ともいえます。 ところが、昭和十二年の暮れの夜更けに、社殿近くの工場で火事が起こりました。このとき、消防団員が工場の方にかけていくのと反対の方向に向かって、小さな灯りが物音もたてずに次々と去っていくのが見えたそうです。人々はこの灯りが、火事で狐立ちの逃げる姿であると想像しました。じつはこの火事の起きる少し前から、近所の古老の夢の中にお稲荷さんがしばしば現れていたといいます。 そこで幾度も同じ夢を見るのは、お稲荷さんが元の場所に帰りたがっているのではないか、という噂が広まっていたところだったのです。そして、この火事も自分の土地から遠くはなされてしまったお稲荷さんの祟りではないかという評判が立ち、しかもこうしたエピソードが次々と現れてきたので、結局もとの土地に社殿が再建されることになったそうです。 国家権力にもとづく世俗的な力がいろいろと政策的に働いたにも拘わらず、古来から土地に密着する霊力を越えることが出来なかったことは、ちょっと愉快な話です。お稲荷さんとキツネの関係を見てみますと、そのように今では忘れかけられている自然の威力の存在を思い起こされるます。 |